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最近すごく思うことがありまして、「手作り」ってなんだろうなと。

なんか例えばなんかちょっとした家具とかを自分で作りたいなぁーと思ったときに、材料費やらよく考えたら「どう考えても既製品の方が安いよなぁ。」と。

実際のところの現実は靴は自分でつくれるわけないし、服もそうなんですが。

極端な発想かもしれないですが、昔はもっと手作り感があったと思うんです。完全に手作りするわけではなくても。

なんだか今の時代自分で用意したり手作りすることで節約できるのって食事ぐらいだと思うんですよ。

そんな中、たまたま目にした番組で「さとり世代」という言葉にスポットを当てた番組がやっていました。

この言葉はよくいわれる「ゆとり世代」の次みたいな考え方なのですが、自分も「さとり世代」の一員にされている気がしたのでちょっと見入ってしまいました。

実際のところ、僕も酒・タバコには興味はありませんし車も持っていません。というか車はまだ買えないと言った方が正しいですが。お酒はワインや梅酒が好きで集まりがあったときには飲むのですが、基本的に日常では口にしません。

ただ幸運なことに、夢はある方なのでそこは大人が言う「さとり世代」とは少し違うかもしないですが。

今回はこの「さとり世代」と「じゃあ若者に足りないものってなんだろう?」というところにスポットを当ててみたいと思います。

手作りすることが本当に少ない現代社会

僕も早いもので22歳になりました。その中で興味が有ると自信を持って言えるものは「音楽」「Web」「ガジェット」「カフェ、グルメ」ぐらいです。

僕の場合、料理はまだ自炊していない身なので基本的に料理はしません。(ただ、興味はすごくあります。)

毎日することといえば、「原付の運転」「電車に乗る」「昼ランチ」「PCなど業務をこなす」「帰って夕飯」「就寝」ですね。

別で特別やることは「楽器を弾く」、「ブログを書く」この二つぐらいですね。

うーん、本当に手作りすることといえば音楽とブログぐらいですね。

さとり世代って・・?

2013年時点で19~30歳の人たちを、幅広く「さとり世代」と呼んでいます。主に、新人類世代・バブル世代の子供たちにあたります。

ということは、完全に当てはまるなこりゃ!!

このさとり世代が生まれた時代背景のひとつめは、「少子化世代である」ということです。
1990年生まれの世代人口は約120万人で、団塊ジュニア世代が、毎年200万人以上生まれていたことを考えると、人口が約半減していることがわかります。

これは本当に気になっています。

特徴の2つめは、「不景気しか知らない」ということです。
バブル崩壊後の「失われた20年」という言葉がありますが、さとり世代は人生のほとんどを、あるいは、すべてをこの時期に過ごしてきました。バブル経済はリアリティのないものなのです。

というか、僕らの場合本当に不景気だと思ったのはここ数年です。バブル期なんて想像もできません。

さとり世代が幼少期を過ごした2000年代、デフレが続き、ファストファッションや百円ショップなどに代表される、低価格でも質がそこそこ良いモノやサービスを提供する企業が増えていきました。そのため「高価なモノを消費すること=楽しい生活」というバブル世代的な価値観が崩壊していきます。経済が右肩上がりの時代の若者が飛びついていた車や海外旅行やブランド品に若者が飛びつかなくなる傾向が出てきたのです。

安くて良いものがたくさん増えたのは否定しません。しかし、まだこだわりのあるものが好きな若者もいるので大人の方々は安心をしてください。

普通の若者は基本的に高価な買い物は一年に一度できるかぐらいのレベルだと思います。

というか、高価な買い物をしたあとの差がこの結果に結びついているのではないでしょうか。好きなことをしようとすると、仕事を変えないといけません。その仕事すら探すのも一苦労です。

「若者の消費離れ」とも呼ばれる現象です。若者の誰もが飛びつくモノが少なくなったことは、見方を変えれば、「周囲が持っているから自分も持たなければ遅れを取る」、という戦後の日本で続いてきた消費の崩壊、とも言えるかもしれません。
その結果、さとり世代の中には、多様な消費行動が現れています。「車」の代わりに大都市部であれば「自転車」に乗る人が現れたり、「お酒」の代わりに男子でも「カフェ」に行き、「スイーツ」を食べる「スイーツ男子」が注目を浴びたりする人も出てきています。

これは昔の悪い風習ですね。みんな同じものを持つ時代は終わっています。

そういえば僕らの世代はたまごっち、ハイパーヨーヨー、デジモン、遊戯王カード、ポケモンぐらいまでですかね。

というか、これは偏見です。カフェはみんな当たり前のものだし、車は持っている友人もいます。ただ必要かどうかで決まると思うのでこれも統計データでしか判断していませんね。

例えば、都市部に住んでいる若者が車を持つなんて普通に考えてナンセンスです。なくても行動できるから車が必要でないのです。無理して買う余裕もあるとは思えません。

知りたいことはWebで完結、必要な物はすべてネットで買える

ワンクリックで買い物

「バブル期」の人はインターネットが普及していない時代で生活していたのは事実です。そのような時代にはコミュニケーション方法も現代とは全く違う状態だと少なくとも理解はできています。

例えば、待ち合わせひとつにしても手段としては「約束」「電話」しかありませんし、「ポケベル」なるものぐらいしかなかったのではないでしょうか。ポケベルについては詳しくはわからないですが。

モバイルツールもなく、インターネットもなかった時代と現代と比較するのは、先ほどの例だけでも大きな間違いだということがわかる十分な材料だと理解できると思います。

バブル世代

このようなことを考えると、その時代にはお酒を飲んだり、タバコでも吸ってでもコミュニケーションをする「必要性」があったわけです。これは若者からしても理解できるし、否定もしません。

若者からの視点・提言

「ゆとり世代」「さとり世代」など若者を象徴する言葉をつくるのはよくわかります。実際問題、たしかにその気がないこともないと思います。「たしかにその通りだ」と言わざるしかありません。

でもそのようにしか生きれなくなっている社会をつくったのは「さとり世代」と若者を見るような大人だと思います。

テレビでは「リスクを取る子が少ない」と言っていました。

でも本当に現代ではリスクは取れないのです。大人でさえももはやリスクを避ける世の中じゃないですか?

自分自身はリスクをとりまくって生きてきたような人間なので、すごくわかります。確かにまわりを見るとリスクを取る人間は見たことがありません。

しかし、リスクをとって失敗したときの挽回するチャンスが圧倒的に少ないです。非正規雇用の若者が30%を越える現代で「リスクをとれ」なんてそれはあまりにもナンセンス言葉だと思います。

とある社長さんは「光っている若者だったら採用する気にもなるが・・」と言っていましたが、それは当たり前です。

光っている若者はたくさんいると思います。でも、大人から見て「光っていないように見える若者」は採用する気にもならないとも聞こえます。えっ!?結局私情かよ!

光っている若者や自信のある若者が魅力的に見えるのは理解できますが、「光っていないように見える若者」を光らせる場を与えるのが会社の役目、社会の役目ではないのでしょうか?

と僕は考えています。バブル期にはその「光っていないように見える若者」でさえ就職は余裕でしたよね。

これは会社の偏見と事情で振り回しているとしか思えません。

物が飽和している現代は新しい入り口が圧倒的に少ない

大体のモノはもうほとんど完成していると思いませんか?

Amazon、楽天、ユニクロ、無印良品をはじめすべてのジャンルで成長しきった状況で働くことが当たり前の若者は普通に考えれば恵まれていると思います。

逆に捉えれば、当たり前のものが多すぎるためそれに沿って生きることが普通になっています。

その完成された社会で優秀になることが若者に課せられた仕事だと思っています。

例えば「コンピューターで世界を変えたい。」なんてもう無理なわけです。

「コンピューターを使って世界を変える」ことであれば可能かもしれませんが。

要は「何かを使って生きる」ことしか方法が無くなっているのが現代です。

しかし「達成感」「満足感」は人それぞれなのでどれも否定はしません。全部事実なのですから。

若者がすべきこと、若者から意見

僕がまず同年代を見ていて思うことが3つあります。

「なにかに熱中しよう」「なにかを続けてください」「もっと使えるものは使って生きよう」

そういう何かに特化した個性とスキルがあれば案外、生きていけると楽観視しています。

よく考えてみてください。

本屋には情報がたくさん安く売っており、インターネットでも情報が莫大にタダで手に入ります。インターネットではやり方によってはお金も稼げないこともないですし、ビジネスもはじめやすいです。

何かを続けることの大切さ

個人的な意見ですが、僕自身は音楽を約8年間ほど続けています。結果は出ているとは言えませんが、音楽によって出会った人たちや経験が自分の生きる糧になっているのは確かです。

そういう経験が自分の自信にもなりますし、人との出会いにも繋がっていきます。

もっと使えるものは使おう

SNS、Webなどは新しいものが生まれやすく常に自由です。

しかも、無料なのでコストも掛からず若者、小学生でも発想は自由に使えます。そんな素晴らしいものをプライベートのコミュニケーションでしか使わない人ははっきりいって多すぎます。

もう少し、自己表現の場として使ってもいいのではないでしょうか。

応用編:自分の力でお金を稼ぐ”発想”をしよう

アルバイトでお金を稼ぐのはだれでもできることですし、無駄だとは思いません。

しかしながら、自分の力でお金を稼ぐ”発想”を持つ若者は本当に少ないです。

年間10万円でもいいです、自分でお金を生み出してみる努力をしてみましょう。

そういう発想が結果、社会でも活きる

僕はそういう発想で生きてきた人間です。例えばブログ運営で得た知識は多いです。その結果、その知識を活かし仕事もなんとかできています。

もっというとそういう自分で得ようとした知識は絶対に忘れないですし、どんなころにも活かせるのではないでしょうか。

定評BOXまとめ

「さとり世代」という表現をされている若者たち。たしかに高価なものを買わなくても、夢がなくても満足している若者が多いのが現状です。

その反面、不安を抱えながら生きているのも事実なのですが、僕は不安を抱えて生きていることが間違いでは無いと思っているのでそこは変わる必要はないと思います。

ただ、夢を見るさとり世代は本当に少ないのは事実かもしれません。それも悪いことではないですし、否定はしません。

しかし、一番大切なのは就職することでもなく夢を見ることでもなく、心や身の回りを豊かにする発想を持つことが大切だと思っているので、僕は自由な生き方をやめることはしません。

「以下にして、自分の理想や夢を実現するために生きていくか。」

ということが大事だと思っているし、お金も力もない若者ができるのはそれしかないのでもし参考にして頂けたら嬉しいです。


社会も世論も、もっと柔軟な発想で考えればいいのに。と思いました。
そうやってTVなどで意見をぶつけあうのも大切だとは思いますが、根本的にずれていませんか?
大切なのは何のために、誰のために必死に生きるのかということじゃないかなぁ。

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