白文鳥のしろちゃんがお亡くなりになりました

5月25日、かれこれ高校生の頃から一緒に暮らしていた白文鳥の「しろちゃん」が亡くなりました。

おそらく、原因は卵づまりのようです。息絶えるまでの様子で大体わかります。身体は異常に膨らみ、卵が入っている様子だったので、流石にもう無理そうだとも思っていたので驚きは案外少なかったのですが、寂しい気持ちでいっぱいになりました。

当日は特に悲しみに包まれていたのですが、自分の中で色々整理もできたので今回の経験をメモしておきたいなと思います。

紹介:しろちゃんとはるお

桜文鳥のはるおと白文鳥しろちゃんの紹介

紹介しよう、桜文鳥♂の名前は「はるお」。白文鳥♀は「しろちゃん」。はるおに関しては「はるちゃん」と呼ぶことも多い。

今回亡くなってしまったのは右側の「しろちゃん」である。

しかし本来は僕が連れてきたのではない。寧ろ、僕は当時まったく興味がなかった。

急に我が家にやってきた二人

とある数年前の話。

妹は犬が飼いたくてしょうがなかったときがあり、親に強請るがその度に止められていた。家族が多いので、家族だけの負担ですら・・という雰囲気だったため、基本的に面倒を見ることは大変だという理由で断固諦めさせていた。(しかしながら、犬の世話は本気で大変だと思う。)

そういう場合、どうやってお咎め無しにさせたらいいのかというと、やっぱり難しい。そう思った両親はやっぱりなにかを飼わせてあげようと思ったのであろう。突然、文鳥を買ってきたのである。そして、妹はどうやらとりあえずは満足したようだ。

思わぬ思い入れ:文鳥と僕

そうして急にやってきた二羽の文鳥達の飼育が始まった。文鳥というものは雛の状態から育てないと懐かないので、当然の如く雛から育てるということに。数時間ごとにお腹を空かせると、「ピーピー!!」と鳴くんですよね。それが意外と大変だったようで、僕はこれが犬だったらどんなに大変か・・と少し安心した覚えがある。

そして、すくすくと育った「はるおとしろちゃん」は自分で餌を食べれるようになった。それぐらいになると、どういうわけか妹はそこそこ可愛がるものの、いつの間にか僕が一番遊ぶようになっていた。遊び方は簡単、指に乗せたり・・肩に乗せたり。そして決まって肩に糞をされるわけで・・そういう感じでいつの間にか僕に一番懐くようになった。

それがたしか高校生の頃だったと思う。

音楽と鳥

高校生の頃を思い出してみる。あの頃は特に一途に音楽を本気で取り組んでいたし、感性や好奇心が一番盛んな時期でした。そしていつの間にか愛犬ならぬ愛鳥になっていた二羽から良い影響を与えてもらったと思っている。たぶん音楽的にはRadioheadやU2から一番影響を受けていた。UKのあの暗い雰囲気と世界観に僕は共鳴していた。

そして、まぁ普通の流れだとは思うが、Sigur Ros(シガー・ロス)をよく聴くようになっていった。いわゆるポストロックといわれるバンドだが、僕は全くと言っていいほどポストロックとかそういう位置づけでは聴いていなかった。その音楽には雄大なアイスランドの大自然が広がっているのである。一番聴いていたのは「Takk…」だったかな。

アイスランドとは人口が30万人程度の小さな「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」の真上にある島国です。「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」とは普通にイギリスのことですが、ただ言いたかっただけです。(でもよくわかってない人は多いと思われる。)

アイスランド・ミュージックはとても特徴的で、綺麗なメロディーと壮大なバックグラウンド・ミュージックやあえて直接的なメッセージ性を省くようなアーティストが多いです。とりあえず説明しますが、言いたいことは別にないけど、スピリットと感性を「音楽から感じてくれ」ということですね。

その感性の集大成として聴いていたのが、Sigur Rosのボーカル、jónsiのソロアルバム。出逢ったのは高校を卒業してからですが、その間に文鳥と関わっていくことで、鳥目線というか、自然目線のある人間になっていったのかなぁと。まぁ、自然目線と言っても文明の利器を使っている僕らには自然と生きていくなんて言える資格はないわけですが。しかし、そうだとしても僕にとってその感覚はかなり重要なものとなりました。どんな人・どんな動物だとしても、とりあえず「生き物」だと思って接することができるようになりましたね。

失ったことでこんなにも景色が変わって見えるとは思わなかった件

話を戻します。しろちゃんがどのように亡くなったかといいますと初めの通り、「卵づまり」ということで、突然死んでしまいました。

しろちゃんがいなくなってから、数日は微妙な”世界の違い”に耐えられませんでした。よくわからないのですが、微妙に世界が違って見えるのです。家族の中で大事な存在を亡くしたのは祖父以来。まぁ、それとは違いますが、やっぱり悲しかった。

いつも同じところに居てくれて、鳴き声が聴こえてきて、部屋に出すときは二人で出てきて騒いで。

その、当たり前で普通の流れが無くなってしまったので、やっぱり変な感じがしてしまいました。言葉は悪いけど、文鳥だったからある程度のショックで済んだのかも。これが愛犬だったら結構キツイと思う。

そして、翌朝に庭にしろちゃんを埋葬しました。その時は心が重苦しい感じがしましたが、感謝を込めて埋めました。

そのとき漠然と命の存在を身近に感じ、僕は反省。

ちょっとしろちゃんからお叱りをされたみたいですね。

まとめ:大事な存在を失った時の対処法はひとつ

白文鳥のしろちゃんを失って

今回のことで少し落ち込んでしまいましたが、しろちゃんに感謝することで僕は解決することができました。感謝とは讃えてあげることです。「今までありがとう。」という気持ちを込めて埋葬することにより、スッキリすることができました。

死は誰にでも訪れるものですが、残念ながら平等には訪れません。なので何のために生きてるのかよくわからなくなったとき、迷っているときにこういうことを考えると身が引き締まります。生きねば。


しかしながら、まだもう一羽は生きてるわけで。
よく考えると、一番寂しいのは「はるお」ですね。でも奴はまだ衰える気配すらありません。